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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-あとがき(後篇)

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 第3章では和と漢といった対比によって日本の文化構造を述べましたが、実際には「真行草」の〔草〕の部分も日本文化を大きな割合で構成しています。

 表具では本文で紹介した三体九姿を採用せず、日本文化のスタイルは「三体八姿」として口伝されます。それは千利休が唱えた〔草〕のスタイルに〔草の真〕の存在が矛盾するからです。

 ただ、このように茶道が〔草〕にも注目したことが、日本人の文化観に大きな転機をもたらしました。
これが日本文化の重層性といった特徴を、より大きく形づくった要因の一つとなります。

 また、日本は文化の坩堝といわれますが、取り込んだ文化を決して排除せず、自分達に見合った形で残してゆくといった性向も、重層性の形成に一役買っています。

 しかし、「重層的である」というのは、「融合しない」と考えることもできます。

 「和」は、かつての中国文化への憧憬にもかかわらず、決してこれと同化しようとはしませんでした。それは面従腹背というのではなく、物静かに見える「和」が本当はしたたかで我の強いものであるからです。

 つまり、強いがゆえに自らを謙譲し、つねに相手を立てるといった心の姿勢を「和」にもたらしたのだと考えます。
 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という俳句が、日本で詠み人知らずにもかかわらず人口に膾炙しているのも、こうした理由によるものでしょう。

 ところで、それでは「和」とは一体どういうものか、という問いに答えるのは、非才な私には不能なことですが、ただ多くの日本人が主役になることを好まない、というところが「和」の重要な部分を構成している、と言えるとは思います。

 こうした意識が、たとえば厳しい自然の中で生き抜くには謙虚に全ての現象を受け容れざるを得ない、といった「和」の要素の一つを形成したと考えます。

 これは、あらゆるものに、たとえ無機的な物質にも生命があり、生と死の循環を行っているといった認識であり、私達もそのうちの小さな命に過ぎないといった心です。

 いずれにしても、本文で紹介したシュペングラーのいう「月光文明」は文明の衛星圏という意味ですが、実際は似て非なるものであったということです。

 あるいは、本文で幾度も神の二面性について触れました。逆に、有害であるにもかかわらず、非常に有益な面を持つものを神とみなしたともいえます。
 こうした二面性を日本人は唐様にも感じてきたのかもしれません。
 
 つまり、取り込みすぎると、かぶれてしまって中毒を起こすからです。これが日本のバランス感覚に優れる身上を生みだしたのでしょう。

 いいかえれば、日本人のバランス感覚の豊かさは。常に物事を陰と陽という二つの側面から捉え、これの融合を図ってきたことに根差していると思うのです。

 そして、自分たちにとって都合の良いものだけを取り込んで日本固有の文化を理論化・体系化して発展させてきた歴史が、「和」の外来文化に刺激を受け、腐敗せずに発酵するという不思議な性質を養ったのかもしれません。

 したがって、文化の輸入が日本にとって必要不可欠のものだったのでしょうし、今後もまた然りです。折口信夫の説く、異人を異界からの神とする「まれびと信仰」もこうした流れの一つにあると思います。

 さらに、日本にとって日本の製品や生産物が一番なんだと考えることは、こうした意味で一つの驕りともいえるでしょう。

 つまり、日本の独自性のみを追求するのは危険であり、日本文明の衰退を招くと考えるからです。

 常に追従すべき対象を希求するのが和の心の有り様であり、たとえば江戸時代の鎖国後、唐様の新生が望めなくなったときに日本唐様を担ったのが武家です。
 また、平安時代、武士が擡頭するのは菅公の提案によって遣唐使が廃止された後のことです。

 特に、この自前の唐様の存在は強く、江戸時代も平安時代も世界史上にも稀な平和な期間が二百年以上も続きます。
 こうした意味では、明治維新以降の改革の仕方は間違っていたということができます。

 というのも、明治政府は江戸幕府による唐様が廃った末に、新たなる唐様の対象を西欧列強に求めず生まれた新唐様でありながら、たとえば神仏判然令を施行するなど、唐様に固執するあまり和様の存在を軽んじ、その陰陽和合をも無視しすぎていたと考えるからです。
 いいかえれば唐様と和様のバランスが崩れたとき、日本では争いごとが起きるのではないかと思うのです。

 ところで、逆に狭義の「和」がへこたれたときに登場するのが、唐様と考えることもできます。

 陰陽は相反しつつも、一方がなければもう一方も存在しえないものです。したがって、「和」を強い槌で打ち直すことが逆にカラゴコロを蘇生させ、その結果が、日本のさらなる発展に繋がるのではないかと私は思っています。

 そのためには外来の思想や文化、あるいは時に応じ男性的な陽の存在を必要とするのでしょう。
それも陰陽和合を合い言葉に。

 しかしながら、外来文化は本文でも見てきたように、馴化され渾然として日本の文化の中で息づいています。こうした性向は、たとえば本文の中で見た五節句の成り立ちにも強く表れています。

 つまり、日本人にとっての陰陽和合は、あくまで日本化された陽と、陰を結びつけるものであり、生のままの陽は日本的嗜好に合うよう、かぶれないように、まず選別あるいは改良しなければならなかったのです。

 さて、第3章では日本人の素朴な心のシステムについても述べました。

 こうしたシステムは今日でも作動しており、たとえば路傍の草が何かに踏まれて萎れる姿を見たとき、「かわいそうだ」と考えるのは日本人にとって自然です。
 また、朝に門前を掃き清め水を打つ人の姿を見るのは、なぜか気持ちのよいものです。

 日本人の99%が無自覚のこのシステムの信徒であるといわれています。すなわち、仏教徒だけでなくキリスト教徒であっても、ベースにこれがあり日本人の生活行動を支配していると考えられています。

 いいかえれば、このシステムがいわばウィンドウズやマックのようなOSとして働き、日本人の宗教観を含めた基層意識を規定してきたといえます。

 OSという基本ソフトがあって初めてパソコンのアプリケーション-ソフトは作動します。
すなわち、日本人にとって仏教やキリスト教、あるいはその他の宗教がエクセルや一太郎といったアプリケーション-ソフトなのでしょう。
 そして、神道ですらアプリの一つといえます。

 しかも、こうした特に外来のアプリケーション-ソフトは、まず日本人に見合うようカスタマイズされます。

 たとえば、かつて輸入された中国仏教は長い時間をかけて換骨奪胎され、日本仏教として存立します。日本キリスト教も他国のそれと比較すれば、随分と様相が異なっているといいます。

 あるいは、日本人の素朴な心のシステムはOSとまで至らずとも、この反応の触媒として働いた、あるいは酵母として発酵作用を担った、と考えることは可能です。

 人は基本的に宗教を必要とします。つまり、生きてゆく上での心の縁(ヨスガ)は、どんな人にもどんな時代にも必要です。
 今日、殺人にまで手を染めてしまうような怪しげな新興宗教の迷走や霊感商法による被害が後を絶たないのも、このシステムの希薄化が招いた結果なのかもしれません。

 信仰心の低下は世界的な傾向だとされますが、日本の場合はこうした素朴な心のシステムへのテコ入れが、これを杭留める一つの手段になるのではと考えます。

 ところで、この素朴な心のシステムがそうであるように、また天つ神がそうであるように、和の心は隠れて見えないことが多いものです。
 今日、しきたりがとやかく語られるのは、こうした隠れて見えないものを、しきたりを通して探し訪ねるための営みなのかもしれません。

 そして、和様の特質は、その情趣性、情緒性にあるとしました。今日の日本が忘れてしまったもの、それは「情」なのではないか、と多くの人が知らず知らずに思い、そして追い求めているのが、今日、静かに流れる和ブームの理由であるとも考えています。

 すなわち、まず情感溢れるヤマトゴコロを取り戻すことが、現況の打破に必要であると感じられている方の多いことが、この「和」の見直しに繋がっているのではと考えます。

 近頃は、米国が主導するグローバル化に伴い「洋」の比率が非常に大きくなったことから、広義の「和」を構成していて本来が相反していた狭義の「和」と「漢」が一緒くたにされ、これらの境界が曖昧になってしまっている現実があります。

 これは「洋」情報に溢れ、日本人自体が広義の「和」の消化不良に陥っている状況でもあるのでしょう。

 本文で唐様=合理、和様=情緒としましたが、近代科学思想を擁する「洋」もまた日本人にとって合理です。ですから、かつて日本が唐様の情緒部分を切り離して取り込んだように、かぶれ防止のため「洋」のOSを日本人のそれと付け替える必要があります。

 そして、これは確かに戦前まで、あるいは実感として、つい先頃まで上手くこなしつつあったのかもしれませんが、今の日本はその指標を見失っているように感じます。

 つまり、国際化が叫ばれる今日、日本が洋化するのではなく、これまで日本がそうしてきたように「洋」を「和」の心でもって日本化し、新たな重層性を確立して、争いのない平和な時代をさらに謳歌する時期がやってきたのだと考えます。

 そのためには、まず「和」の心を深く理解する必要があります。そして、「和」の心の基本となるのが日本語であり、したがって英語の早期教育は、いくら「洋」を取り込みたいとしても弊害が多すぎるでしょう。

 逆に、日本語を駆使し、日本語ベースでものを考える人が日本人であると定義することができます。つまり、日本の環境風土を基に生まれた日本語には、日本民族の魔法がかかっているからです。

 たとえば日本に帰化した呉善花さんは、韓国人の感覚からすると「心にもない形式的」「軽々しく使われすぎ」と思っていた「ありがとう」の言葉が「(日本式にありがとうを)頻繁に使うようになっていくと、だんだんほんとうにありがたい気持ちになっていく」ということを著書『日本の美風』で述べられています。

 同じく帰化された中国人、石平氏は『私はなぜ「中国」を捨てたのか』の中で、外国人にとって至難とされる敬語の使用を身につけることによって「私はいつの間にか、尊敬と謙譲の姿勢をごく自然に身につけることができるようになっていた」と書いておられます。

 また、内田樹氏は『日本辺境論』で、「日本語はどこが特殊か。それは表意文字と表音文字を併用する言語」であるところとし、こうした表意文字(漢字)と表音文字(かな)を並行処理する「ハイブリッド言語」は、「きわめて例外的な言語状況」であるとしています。
 それは文字処理を扱っている脳部位が異なっているところであり、こうした「言語処理の特殊性はおそらくさまざまなかたちで私たち日本語話者の思考と行動を規定しているのではないか」と記されています。

 つまり、日本人は日本語を使用し続ける限り、日本人であるということです。そして、そうすることによって日本民族が長きに亘って構築してきた魔法の恩恵を享受することが可能だと考えるのです(了)。
                                                  
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2011年07月08日(Fri)
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