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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その23)

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日本仏教の独自性
 先述した世界六大文明における日本文明以外の文明は、西欧キリスト教文明、イスラム文明、ロシア正教文明、ヒンズー文明、中華文明であり、これらは概ね宗教で括ることができると考えます。
すなわち、順にキリスト教、イスラム教、ロシア正教、ヒンズー教です。

 そして、中国は宗教を否定する現国家体制からは見えにくいのですが、以前の道教への排撃からしても、やはり儒教としてよいでしょう。

また、それは日本の靖国神社参拝に対する攻撃的な考え方にも表れています。
 つまり、儒教では死んだ悪人は未来永劫悪人であるといった考え方があるからです。そしてまた、儒教における先祖祭祀が、直接の祖先以外は祀らないという事情もあります。

 それでは日本文明は、という問いが起こると思いますが、これは日本人の宗教人口の最多を占める神道系と仏教系、つまり日本仏教とするのが妥当なところではないでしょうか。

 この日本仏教には先祖崇拝という、儒教的な要素も少なからず見られます。それは先述した位牌の重視がそうであり、また日本独自の十三仏信仰もそうです。

 ただ、祖先神信仰は古代アジアで共通して存在したという説もあります。たとえば日本でも、仏教伝来前の古墳時代後期には祖霊信仰が国家規模で行われています。

 ところで、十三仏とは、生まれ年により十三仏のいずれかが一代の守り本尊となるものです。
 また、冥界への旅立ちに際し、それぞれの忌日に供養することで、現世から未来永劫まで導いてくれると信じられている諸尊のことをいいます。

 すなわち、亡くなった者は13尊によってあの世で導かれると信じられており、その導く仏の替わるとき、たとえば四十九日、三回忌といった年回法要が行われます。
こうした行事の伴うやや儒教的な信仰が十三仏信仰です。

 この十三仏信仰には「十三」という奇数が用いられ、中陰と呼ぶ四十九日(七七日)までは7の倍数の逮夜、以降の年回法要も百箇日を除き、唐様の陽数である奇数が並びます。

 しかし、十三仏信仰の本質はこうした謂れにあるのではなく、悲痛のあまり死を受け入れることが不能な遺族が、故人を知る親しい人と、法事という供養を機会として語り合うことによって次第に癒やされてゆくシステムにあると、京都大学大学院教授のカール・ベッカー氏はいいます。
 そして、こうした法事は日本人の優れた智恵を示すものだ、ともしています。

 日本仏教には神道あるいは道教の持つ現世利益的な側面もあります。こうしたところのよく現れているのが福神信仰を基にする七福神信仰です。
そして、これもまた日本独自の信仰です。

 福神(福の神)信仰とは、福・禄・寿すなわち健康・金運・長寿といった現世ご利益の実現を目指した民俗的な信仰です。
あるいはまた、これを発展させ宗教的信仰にまで昇華させたものをいいます。

 この福神信仰の代表的なものが七福神信仰です。

七福神は7柱の吉瑞を示すとされる神仏のことであり、そのキャストは一般に大黒天・毘沙門天・弁才天・福禄寿・寿老人・布袋・恵比寿天の7柱の神仏をさしますが、寿老人の代わりに吉祥天などを当てることがあるように必ずしも一定したものではありません。

 仏典『仁王般若経』に「七難即滅 七福即生」という言葉があります。これは世の中の七つの大難(太陽の異変、星の異変、風害、水害、火災、旱害、盗難)はたちどころに消滅し、七つの福が生まれるという意味です。

この七つの福が七福神信仰につながったといい、七福神は通常が1柱ずつ寺院で祀られます。

 ただ、七福神信仰は室町時代にインド(大黒天・毘沙門天・弁才天=ヒンズー教)、中国(福禄寿・寿老人=道教、布袋=仏教)、日本(恵比寿天=神道)をルーツに持つこれらが一つのグループにまとめられて成立したものであり、これはヒンズー教・仏教・道教・神道を総合した、多神教をよしとする極めて日本的な信仰です。

 こうした心性が、たとえばクリスマスやバレンタインデーといったキリスト教の行事に寛容な民族性を生んだのでしょう。
つまり、多くの方が指摘するように、キリストもたくさんいる神の一人だという無意識的な認識が日本人の心の奥底にあるということです。

日本人のモットー「和」
 先述した雷神と風神、また恵比寿さんと大黒さんを並置させるのも、それぞれ在来神と渡来神といった関係から、充分な力の発揮を期しての陰陽和合を図ったものと考えることができます。

 陰陽和合の実例としては、天皇の象徴である日月を挙げることもできますし、会社の正式な、あるいは重要な文書には代表者印と社印を併捺することが普通であることもそうです。
夫婦茶碗も日本独特の食器であり、お隣の韓国にもありません。

 さらにいえば日本人が好む、「酸いも甘いも噛み分ける」という円熟を示す成句、「清濁併せ呑む」といった白か黒かの二元論で解決できない言葉も、陰陽和合を表すものかもしれません。
そして、国つ神の二面性に見る「悪に強ければ善にも強し」といった諺の成立も、こうした意識の発展と考えることができます。

 また、自然と人工を陰と陽、と仮定するなら、陰陽和合は今日の地球人の最も重要なテーゼとなります。

 江戸時代の江戸は極めて衛生的で、かつほとんどゴミの出ない世界有数のリサイクル都市であったといいます。
こうした伝統を受け継いでいるのか、日本の地球環境保護に対する意識は高く、日本のエコロジー技術が世界の最先端を走っていることも、自然と人工の調和、つまり陰陽和合を理想としてきた日本であるからこそ達成し得たのだと考えることができます。

 一時の公害に悩まされた日本は人工、すなわち科学技術への依存に振れすぎていた状況でした。
これは陽が強くなって陰が廃ったと考え、その反省から陰陽の和合への回帰を目ざしたことより、日本は世界に誇りうる環境に優しい国づくりを行っている、と考えることができます。

 そして、そもそもがイザナギ、イザナミという男女二神の和合によって日本の国づくりが始まったのです。

 このように陰陽が和合してこそ、はじめて理想的な世界が実現すると考えてきたのでしょう。
そのため日本では、つねに陰と陽の存在を認識する、しかも陰と陽を峻別する必要があったのだと考えます。

 二項を対立させることによって世の中を秩序だてるのは何も日本に限ったことではありません。

 しかし、日本人が有史以来、最も大切にしてきたモットーである「和」が、たとえば自然と人工などの陰と陽といった二項を上手く結びつけてきた、
そして陰と陽を上手く捌いて利用してきたという事実は、日本人の心を考える上で見逃すことができないと考えるのです。
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2011年07月06日(Wed)
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