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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その22)

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Ⅲ-④ 陰陽和合

 第Ⅰ章でお話しした陰陽論は確かに中国で生まれた思想ですが、日本で深く浸透しました。それは一体なぜなのでしょうか。

 文明史学者のシュペングラーは「日本は月光文明である」と言及しています。月光があれば日光があるはず。その日光とは日本の場合、中華文明をさします。

 それは日本人が古からずっと中華文明に憧れてきたからです。これが由縁して、かつて日本人は公的な場では中国文化、私的には日本の在来文化を奉じてきました。

 日本文化の特徴は重層性にあるといわれます。そして、このあたりが、これまでに見てきたように、その基本構造になっていると考えます。
 それは日本人がハレ(正式、公式)とケ(普段)を峻別してきた点からも、こうした図式が窺えます。

 ただ、日本人は自らを「ワ」と呼んだように、日本には古代から「和(調和)」を最も大切にしてきた気風があります。

 これは聖徳太子の十七条の憲法においても、「和を以て貴しと為す」という条項が第一条に記されることからも知れます。そして、これが陰陽論における考え方の中で、日本人が陰陽和合を特に重んじてきた理由です。

 つまり、陰陽和合こそが、漢と和、公と私、ハレとケ、あるいは建前と本音といった二元性を無理なく結びつけた、あるいはこれらの上手な棲み分けを可能にした手段だったのだと考えます。

 ちなみに、プラスとマイナスで構成される乾電池が、明治時代の日本人、屋井先蔵によって発明されたのも、こうした伝統があったからやもしれません。

陰陽和合の象徴-日本仏教
 これを日本人の宗教観に当てはめてみると、公的には仏教を信奉し、私的には神を祀るといった在来信仰を護ってきた、と考えることができるでしょう。
 これは仏壇のあるご家庭には、たいてい神棚があることからもわかります。

 また、たとえば葬儀は式であり、公式の行事です。これには仏教だけが取り仕切り、死のケガレを忌み嫌ったという理由もありますが、神道はあまり葬儀に携わってきませんでした。
 これもまた陰陽和合の事例と考えることができます。

 それでは結婚式はどうかといいますと、これはかつて「祝言」と呼ばれた宗教性の薄いものでした。
 今日の結婚式には神前式・仏前式・教会式などがありますが、以前は主に新郎の家で親族や知人を招き、特定の信仰やその実践とは関わりなく催されるのが普通であったからです。

 神道が結婚式に関わるようになるのは比較的最近のことで、明治34年以降のこととされます。仏前式についても、その始まりは明治の中期以降のことであり、ちなみに仏前式は今日でも、ほぼ仏教関係者に限られた儀式です。

 また、結婚式を宗教に関わる儀式として捉える風が少ないことは、日本でキリスト教系教会での教会式が、多く信徒以外の者によって行なわれることからもわかります。
 逆に、葬儀をキリスト教式で行うのは、キリスト者以外にありません。

 さて、陰陽論での、陰と陽は「相反しつつも一方がなければもう一方も存在しえないもの」と定義されます。そして、陰陽論は「(陰と陽の)二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる」という宇宙観をもちます。

 神道と仏教の混在、神社と寺院の併在に日本人が矛盾を感じてこなかったのは、在来信仰と仏教を裏表の関係、すなわち陰陽の関係と捉えてきたからではないでしょうか。

 そして、これらが和合した状態、つまり渾然一体となったものが日本仏教の本質といえるでしょう。
いいかえれば日本仏教は、中国渡りの仏教がカスタマイズされ、日本で完成された宗教であると考えます。

 日本仏教は、こうしたわけでは陰陽和合の最も大きな象徴でしょう。

 それは日本仏教が原始仏教や中国仏教、あるいは他国のどの仏教とも異なる非常に特殊な仏教として発展したことからもわかります。
 また、葬儀に関わるのも日本仏教だけです。

 今日、無宗教を標榜される方が多くいらっしゃいます。これは在来信仰の希薄化によって日本仏教が廃れつつある現象を示していると考えることができます。

 そして、この萌芽は明治政府による神仏分離令(神仏判然令)に始まります。それは、それまで寺院と神社は同居していることが普通であったからです。

日本の環境風土が生んだ日本仏教
 日本における宗教の信者数は、平成18年度の文化庁編「宗教年鑑」によると、神道系が約1億7百2十万人、仏教系が約9千百2十万人、キリスト教系が約2百6十万人、その他約9百9十万人とあります。

 この資料を信じると日本の人口は2億人を超えていることになります。

 これは、実際が神道系と仏教系に多くの重なりがあることによって、こうした数字が統計に現れているからです。

 しかし、神道信者がこれほど多くの割合を構成しているとは考えにくいものがあります。それでは、神道系とは一体何をさすものなのでしょうか。

 神道は祭政一致を旨とする皇室神道を除き、現在13に大別される教派神道と、神社神道に分けられます。

 ただ、神道には家庭や個人においてのみ営まれる民俗神道もあるように、神道と呼ぶものは極めて雑多な信仰の集合体と見ることができます。
 つまり、狭義の神道は民間信仰の中でも体系化されたその一部と捉えることができます。

 こうした神道系のベースに、古来のアニミズムに近い自然信仰を含めた、日本人の原初的な宗教意識を織りなす心性が想定できます。

 この基層意識とも呼べる心性は、たとえば路傍の草に語りかける、日の出にあっては手を合わせる、あるいはケガレを忌み嫌うといった、日本人にとって自然な所作や考え方の基にある精神であり、礼拝や儀式を伴わない素朴で信仰とまでも呼べないような心のシステムです。

 そして、これは前章で見てきたように日本の環境風土を基に生まれたものと考えます。

 ですから、ここでいう神道系とは、神や神霊についての信念や宗教的な実践を伴う狭義の神道のみをさすのではありません。

 ところで、歴代首相による「伊勢神宮への初詣」は戦後からほぼ恒例行事となっています。なぜ首相の一年が年頭の伊勢神宮参拝からスタートするのでしょうか。

 靖国神社への首相の参拝については「憲法が規定する政教分離の原則に反する」との論議もかまびすしいのですが、伊勢神宮に関してはこうした議論がほとんど聞かれません。

 靖国神社は御霊信仰を基盤とするにもかかわらず、戦前の政策によって国家神道の象徴的存在とされます。この国家神道とは西欧列強と対抗するためにとった神道国教化政策、つまり明治時代に皇室神道を利用して便宜上つくり上げた一神教的な政策遂行上の道具であり、そもそも神道ではありません。

 話を戻しますが、首相秘書官室は「伊勢神宮は日本の神社の総本山であり、祀られている天照大神は太陽の神様である。太陽は国にとって大切な存在であり、首相が年頭に参拝することで国家の安寧を祈願する意味がある」としています。

 この説明をうけて疑問に思う日本人は少ないでしょう。つまり、ここに皇室への崇敬だけでなく、素朴な心のシステムが働いているといえます。

 この心のシステムは宗教以前のものであることから教義を持たず、代わりに生活という形で表われてきました。それゆえに、これは行動原理のみならず、生活文化に深い関わりをもっています。すなわち、特に生活文化に見られるしきたりの多くは、この民俗的な心の拠り所を基にしているといえます。

 そして、本章の冒頭で述べた「和魂漢才」の和魂、つまり日本民族固有の精神とは、こうした素朴な心のシステムが紡いだものをさすのでしょう。日本仏教も、こうした心性を基に成り立っていると考えます。
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2011年07月05日(Tue)
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