スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--年--月--日(--)

『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その16)

>>未分類
Ⅲ-③ 和の特殊な好み

 唐様と和様を比較すると和様の特殊性が浮かび上がります。本節では特に和様で特徴的に見られる好みから和の心を探ってみましょう。

常磐木
 日本では常盤木(トキワギ)が好まれてきました。常磐木は常緑樹のことであり、落葉しないことから永久不変を意味するといわれます。
つまり、いつまでも枯れない(ケガレない)という点で常磐木を愛でたのでしょう。

 かつて神籬(ヒモロギ)へは、この常盤木を植えて囲んだそうです。神道でいう神籬は、神霊の依り付く場所の一つとされるものです。

 さて、神道においては、常磐木の中でも特に榊や一位(イチイ)が好まれます。

 榊は椿科の常緑樹ですが、そもそもは境木(サカキ)の意で神域(神籬)の境界へ植えた、あるいは神に供される榊に限らない常緑樹のことをさしました。

「榊」は「神に捧げる木」を表す国字であり、賢木や神樹とも表記されることがあります。
榊は麻布や紙などを付け神前に供える玉串として用いられ、転じて玉串は榊の異称となります。

 なお、関東以北では榊が生育しないので、榊の代用として類似種のヒサカキを用います。ヒサカキは「姫榊」とも「非榊」とも字が当てられます。

 関西地方では蘭(アララギ)と呼ぶ一位もやはり常緑樹です。
東北北部や北海道ではヒサカキを産しなかったため、一位は榊の代わりに玉串など神事で用いられ、神社の境内にも植えられます。

 この一位とはそもそも最高位という意味です。かつて神官が君命を拝受する際、笏(シャク)という箆板(ヘライタ)を自分の眼前に掲げ、そこへ君命を間違いのないよう書き記しました。
君命は第一位の重要事であり、その君命を記す笏にはかつて一位の木だけが使われたため、この木がイチイと呼ばれるようになったそうです。

 一位は天皇が即位されるときの儀式に用いる笏の材料にも使用され、また古くから御神体や仏像の彫刻材としても用いてこられました。

 ただ、その赤い果実は甘く食用になり、これを漬け込んだリキュールも楽しめますが、種子はタキシンという毒性の強いアルカロイドを含んでいます。ですから、種子を誤飲すると中毒を起こし、呼吸困難で死亡することさえあります。
つまり、先述の梅干と同じ構造です。

 ちなみに、古くヨーロッパでは、一位には埋葬された死者の出す毒性の発散物を吸収する力があるとされ、多く墓地に植えられたそうです。
そして、火葬で使用する薪にも使われてきました。

 日本で同じような役割を果たす植物に常緑高木の樒(シキミ)があります。樒は仏前草とも呼ばれるように、仏教の慣習、特に仏事における供養と結びついた植物です。

樒は全体にアニサチンなど有毒成分を有しており、特にその含有量の多い実は「悪しき実」と呼ばれ、これが樒の語源になったといいます。

 この樒が主に関西地方で仏前や墓前で用いられるのは、実際的な理由があります。

樒は墓地に植えたり、その枝を墓前に供えます。これは先述の彼岸花と同様、かつて野生動物などの墓荒らしから、土葬されたご遺体を守るためです。

 また、樒にはその毒性を利用して、棺に葉を敷き死臭を緩和させる、その樹皮や葉からつくった仏前の焼香に用いる抹香(マッコウ)も死臭を清めるといった効用があったからです。
 「抹香くさい」というのは、これの薫香をさし、ちなみに樒はわが国特有の香木です。

 これが転じて「樒を死者の近くや墓に供えると悪霊がよりつかない」とされ、たとえばその一枝を枕飾の一つ、枕花(マクラバナ)として用います。
つまり、樒には毒気があるが、その香気で悪しきを浄めるという二面性を期するものとして利用されてきました。

 関西地方での葬式では、樒が供花として式場の周りを取り巻くように供えられます。これは樒の有毒性を利用して、主体(ご遺体)の都合の良くない変化を抑えるために用いられたと考えることもできます。
樒の一葉が末期の水をとる際に用いられるのも、こうした意味があるかもしれません。

 なお、かつて樒は榊と同様、神事に用いられたといわれます。それゆえ、榊に対し樒を仏(佛)に捧げる木という意で「梻」という国字で表したこともありました。

 ところで、木ではありませんが、常磐木と同じく一年を通して緑の葉をたたえる植物に笹があります。

七夕祭や恵比寿祭などで多用されることからもわかるように、笹は霊性を宿し、厄除けの力があると信じられてきた植物です。それというのも、笹の年中不変なところからでしょう。

 東京の湯島聖堂や大阪の少彦名(スクナビコ)神社で行われる、医薬の祖、神農(シンノウ)を祀る「神農祭」には隈笹(クマザサ)を神前に供えるのが慣わしになっています。
それは隈笹が悪霊をハラうとされているからです。

 隈笹の葉は、押し寿司や笹団子、また端午の節句で食する習慣があるチマキに使われます。それは隈笹に古くから防腐・抗菌作用のあることが知られるからです。
ですから、隈笹は漢方薬や民間薬としても使われます。

 常緑であるということに限らず、案外こうしたことが笹に霊性を見出してきた由縁でしょう。
また、先述の折敷(オシキ)にも原初は隈笹のような葉身幅の広い笹を用いたのかもしれません。

 隈笹は、その葉が越冬するときに縁が枯れて白くなる、つまり隈取りになることがその名称の由来です。
そして、笹のなかでも特にこの隈笹が重んじられたのは、その葉が縁のみ枯れることから、つまり陰陽の和合を有しているからかもしれません。

 しかし、笹とよく似た竹は、神事で主役を務めることがありません。日本の竹類はほとんどが中国渡来であり、これに対し笹が日本原産のものであるからか、竹の葉はその代用であることが多いようです。

 笹と竹は混同して用いられますが、これらの相違は一般に丈の長短だけでなく、茎を包む鞘にあります。
竹の茎、つまり竹稈(チクカン)は当初こそ鞘に包まれますが、成長すると鞘は基部から外れて茎が露出するのに対し、笹は茎を包む鞘が剥がれず枯れるまで残ります。

 こうした竹稈自体も依代となることはありません。地鎮祭に用いる斎竹(イミダケ=忌竹)も神籬を囲うものであり、門松にしても依代の対象は松です。
スポンサーサイト
2011年06月29日(Wed)
SEO TOTAL SEARCH
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。