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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その13)

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端午の節句
 端午の節句は古くから邪気、災厄をハラう行事とされてきました。

端午とは端が初めという意味であるので、月の最初の午(うま)の日をさしました。それがのちに「午(ゴ)」と「五(ゴ)」の音通から、端午の節句が五月五日となります。

 端午の節句は菖蒲の節句とも呼ばれるように、この日には邪気をハラうとされた菖蒲を浮かべた風呂、すなわち菖蒲湯に入るのが慣わしです。
菖蒲湯には芳香のある根茎を用い、これはまた漢方薬としても利用されます。

 そして、この菖蒲(ショウブ)が尚武(ショウブ)に音通するところから武家の祭りに仮借されます。
ですから、江戸の後期にもなれば端午の節句には甲冑や武者人形が飾られてきました。また、掛軸においては若武者図だけでなく、金太郎図も端午の節句の床飾りに用いられます。

 この金太郎は鯉にまたがり急流を上ったことを由縁に五月人形の一つとされます。それは、「のぼり鯉」を漢語風に書けば「昇鯉」であり、これを勝利にかけたからです。

 また、のぼり鯉が江戸時代の武家の好んだ登龍門伝説を思い起こさせたという理由もあります。
逆に、金太郎が鯉で遡上した謂れは、そもそもこの伝説を下敷にしているのでしょう。

 登龍門伝説とは、中国の黄河上流に龍門と呼ぶ滝があり、この瀑布を登った鯉は龍になるという道教の古い言い伝えです。
 これをなぞらえて、かつての中国の難関な官吏登用試験、科挙(カキョ)の試験場には「龍門」の二字が掲げられ、この試験に及第することを「龍門に跳ねる」といいました。

 こうした謂れから鯉が出世魚とされ、古くから和漢ともに川魚の王として尊ばれてきました。
たとえば日本では、先述のように海水魚の流通が未発達であった頃、最も格が高いとされた鯉が宮中の行事食として用いてこられました。
さらにいえば、俎上の生魚の様子が男子の度胸に通ずるものとして、鯉は武家でも特に尊重されてきた魚です。

 江戸時代初期には武家でも町家でも7歳以下の男子のいる家では鍾馗(ショウキ)の幟(ノボリ)を戸外に立て、毒虫が集まるといわれた端午節の無事を祈願しました。
これへ出世魚である鯉の紙形を付けるようになり、これが鯉幟の祖形になったといいます。これには、もちろん「(滝)登り」と「幟」の音通もあります。

 ところで、鍾馗とは道教の降魔神(ゴウマシン)です。そして、中国の鍾馗図は多くコウモリとセットで描かれます。
というのも、鍾馗が、中国では福を暗示するといわれるコウモリの招来を促す、あるいはコウモリを叩き落として幸福(降蝠)を招くと信じられているからです。

 鍾馗図は日本でも古くから縁起物とされてきましたが、関西ではこれを飾ることが少ないようです。
それは江戸時代に、関東=武家文化(唐様)、関西=公家文化(和様)という棲み分けがあったからかもしれません。

 「東男に京女」という成句も、このことを示しているのでしょう。
あるいは、これが「よい組み合わせの例」とされるのは、東(陽)と男(陽)、京(西=陰)と女(陰)という、陰陽和合による理由もあると考えます。

 江戸時代の文化や社会の発展は、こうした陽(唐様)と陰(和様)との対立と融合によってもたらされたのかもしれません。

 ちなみに、コウモリは漢字で蝙蝠と書きますが、中国では蝙蝠が蝙(biãn)≒遍(biàn、あまねくという意)という音の類似、そして蝠(fú)=福(fú)という音通によって、あまねく福(すべてが幸福)、あるいは福が飛んでくるという意味を示し、吉祥とされます。

 しかし、日本ではあまり良い意味で使うことは少ないようです。
たとえば「鳥無き里の蝙蝠」といった成句は、鳥、すなわち優れた者や強い者のいないところで、つまらない者(空を飛べる蝙蝠)が威張るという意味です。

 また、コウモリは狂犬病等の人に感染するウィルスを持っていることから、つまりケガレを備えていることから、不浄な生き物としてきたからかもしれません。
そして、日本でコウモリを神としたことがないのは、コウモリに有用性を見出さなかったからでしょう。

 こうした理由からか、日本では絵画の主題に蝙蝠をあまり採用しませんし、鍾馗図にも中国のそれと異なり、蝙蝠が描かれることはほとんどありません。
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2011年06月26日(Sun)
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