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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その11)

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四のタブー
 同じ偶数でも「四」は「死」に音通することからタブーとされてきました。これには五目並べ(あるいは連珠)で「四四」を禁じ手にするなど多くの例が挙げられます。

 表具でいえば「四曲屏風が仕舞い(四枚)に通じるとし、つくるものではない」と表具師は口伝されました。
また、江戸時代に切腹屏風と俗称された、切腹の際に背後へ立てる屏風も四曲(四枚繋ぎ)の白貼屏風(シラハリビョウブ)です。

 さらに絵画の主題でいえば、日本で虎など獣類を描くときにも「四」のタブーが見られます。

四つ足の獣は必ず3本足で表現され、つまり足の1本が隠れて見えないように描かれます。
二羽の水鳥や鶴が立ち姿で並置されて描かれるときも、いずれかの足の片方を折り曲げ、あわせて3本の足しか描かれません。

 ところで、明治以前まで日本では四つ足の獣類を食することが禁忌とされました。
これは天武天皇による肉食禁止令以来の伝統とされますが、それにはやはり「四」のタブーも潜んでいるのでしょう。
また、血(赤不浄)に対する恐れもあったことと思います。

 このタブーを堅固なものにするため、念入りなことに四つ足の食肉獣を総じて「しし」と呼び、「し」の重なるものとして長らく忌んできました。
たとえば鹿を「かのしし」と呼んだことがそうです。

 しかし、「いのしし」は畑を荒らす害獣として、たびたび狩られたことがあったからか、秘かに食する者も多かったようです。
このとき罪悪感を薄れさせるため、猪肉(シシニク)を鯨肉と食味が似るところから「山鯨(ヤマクジラ)」と呼んだことがあったといいます。

 この鯨は古名を「勇魚(イサナ)」というように魚とみなされてきました。
また、鯨は先述のように神と奉られたことから、山鯨という呼称は一種の嘉語でもあったのでしょう。
この山鯨は猪に限らず獣肉一般に用いられることもあります。

 猪肉は「牡丹肉」とも呼ばれます。この「牡丹」という用語は特に肉食(ニクジキ)が禁じられていた僧侶が江戸時代に使った隠語ともいわれます。

 兎も四つ足ですが、長い耳を羽に見立て、その耳を掴んで持ち上げることで、二本足の鳥を装って食したといいます。
兎は一羽、二羽と、鳥に用いる助数詞「羽(ワ)」で持って数えるのは、その名残なのかもしれません。

 ところで、なぜ猪を牡丹と呼んだのでしょうか。

それは猪の肉が牡丹の花の色に、削いだ身が牡丹の花弁に似ているからだと説明されますが、これはおそらく古代中国の伝説に由来してのものです。

 中国で獅子は牡丹を愛で、そして食すると伝えられます。ですから、獅子は多く牡丹と組み合わされ、いわゆる唐獅子牡丹(カラジシボタン)として図案化されます。

 日本では同名の歌謡曲のヒットにより、ダークサイド的なイメージが未だ強いのですが、陰陽論では動物が陽、植物を陰とします。
そこで、唐獅子牡丹を獅子=男性、牡丹=女性と解釈すると、それぞれが公と私、つまり義理と人情を表すことになります。

ですから、「義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界…」と始まる「唐獅子牡丹」の命名の妥当性にはうなずけるものがあります。

 ただ、唐獅子牡丹は本来が百獣の王である獅子と、百花の王とされる牡丹という、豪華で吉祥の意を多分に持つ組合せです。

 獅子は中国で瑞獣とされてきました。そして、そもそも獅子は架空獣であり、中国に伝えられたライオン図像に、想像を加え空想上の生き物にしたものが唐獅子といわれます。

 このデフォルメされた獅子を表現する獅子文は魔除けや家位栄達を示します。
獅子を魔除けとするのは、一つに獅子が密教では菩薩の三昧耶形(サンマヤギョウ)とされているからです。三昧耶形とはこの場合、獅子が菩薩を表すシンボルという意味です。

 このように中国由来の獅子は唐様と見ることができ、先述の狛犬が日本独自のものであることから狛犬を和様とすることができます。
獅子・狛犬も向かって右へ獅子、左に狛犬が配されます。そして、両者をコンビとしたのは陰陽和合を図ったものであるからでしょう。

 なお、狛犬を角のある造形にしたのも、何とかして獅子と区別したいが故のことであったのかもしれません。

 さて、獅子と牡丹の組合せは絵画や文様以外に、たとえば歌舞伎十八番の一「春興鏡獅子」で見られます。
これは牡丹を背景として急調子で踊る獅子の舞の場面であり、この舞はお祝い事の舞として知られています。

これは伎楽、舞楽、太神楽(ダイカグラ)などで行なわれる唐から伝わった日本の獅子舞が、こうした吉祥の意を負うものであるからです。
また、日本での獅子舞は五穀豊穰の祈祷や悪魔を払い清めるものとしても、各地の祭礼行列で行なわれています。

 したがって、猪肉を牡丹肉と呼ぶのはやはり嘉語の表現、すなわち猪(いのしし)を吉祥的に獅子(しし)と見立てたからでしょう。

 ところで、牡丹は蝶との組合せも多く見られます。これは唐の文宗の時代、宮中で牡丹が満開になり黄白の蝶が群がってきたので、それを捕まえるとすべて金になったという伝説や、荘子が夢で胡蝶となり牡丹に戯れたという故事に基づいてのようです。
これらのことから、逆に「牡丹に蝶」の図柄は獅子を表すことがあります。

 ちなみにいえば、花札での猪鹿蝶(イノシカチョウ)の役は蝶を獅子に見立て、いのしし(猪)・かのしし(鹿)・しし(獅子)の三ししとなることから成立するのでしょう。

ニンニクと山葵
 以上のように、かつて日本では獣類をさほど食することがなかったので、食肉の臭みを消すためのニンニクを料理に使う習慣がありませんでした。

 あるいは、これを仏教の戒に求めることができるかもしれません。仏教では酒と肉食、そして五辛を禁じています。
五辛を具体的にいえば大蒜(ダイサン=ニンニク)、茖葱(カクソウ=ニラ)、慈葱(ジソウ=ネギ)、蘭葱(ランソウ=ノビル)、そしてもう一つが日本にはない興渠(コウキョ)です。

 しかし、ニンニクやニラはともかく、酒やネギなどを考えると、すべてがすべて仏教の戒が由来だとするのはやや不自然です。

これは、やはりニンニクによる強烈な口臭、あるいは獣肉食に伴うニンニク臭をもケガレと見た、と考えるのが妥当でしょう。
日本では江戸時代、公家や武士階級ではニンニクを食べることが禁止されていたといいます。

 日本人は臭いに敏感な民族だといわれています。欧米人に比べ、ほとんど体臭が感じられないということも、その理由の一つとされます。

 ただ、体臭の少なさは日本人に限らず東洋人全般の体質ですが、死臭を極端なまでに嫌ったことや、日本独自の芸事である香道の発達などから知るその嗅覚の繊細さは、やはり日本の高温多湿な、つまり腐敗や発汗を生みやすい環境風土に根差すものでしょう。
日本人が風呂好きであるのも、この点にあります。

 ところで、日本料理でニンニクを使うのは「鰹のタタキ」だけであるといいますが、獣肉食を行う国でのほとんどの料理には、ほぼ100%ニンニクが香辛料として使われます。

 こうしたニンニクを調理に用いる国では、魚肉の臭みを緩和するにもニンニクを用いてきましたが、生臭(ナマグサ)を好む日本では魚を生食してきた歴史が長く、これを古くから山葵(ワサビ)で食してきました。

 学名をWasabia japonicaというように日本が原産の山葵は、海外で日本食ブームの今日、日本を代表する香辛料として世界的にも認知度が高いものです。

 清流でのみ自生する、あるいは栽培される山葵は、食中毒を防ぐといった殺菌効果を持ち、しかも魚介類に寄生する線虫、アニキサスの幼虫に対する抗虫作用があります。
アニキサス幼虫は人の胃壁で成虫になり、激しい腹痛を引き起こします。そして、このアニキサス幼虫は60℃以上の火を通すか、-20℃以下で冷凍しない限りは死にません。

 すなわち、山葵はあくまでこの場合、アニキサス幼虫の活動を抑制するために使用するのですが、生山葵を(醤油に含まれる)食塩と併用すればその効果が高いといいます。
したがって、この山葵醤油を使用すれば、アニキサス幼虫は便とともに体外へ排出されやすくなることから、山葵醤油は刺身や寿司になくてはならないものです。

 日本人の生臭好きが山葵のこうした効能を発見し、かつ調理に利用してきたのでしょうが、これにも清流、すなわち清い水と結びついたケガレをハラう構図が見えます。

 また、アニキサスはそもそも鯨やイルカなど海にいる哺乳動物の胃壁に寄生する線虫です。
このアニキサスが人に禍をなすことが経験的に知られていたからか、今日のような冷凍技術がなかった昔は、たとえば『勇魚取絵詞(1829年)』の別冊、「鯨肉調味方」にも記されるように鯨のワタを決して生でも塩漬けしたものでも食べる習慣はありませんでした。

 これが先述した鯨をヱビスとした理由の一つかもしれません。すなわち、鯨も祀られた国つ神と同じように、豊かさを約束する反面、タタリを為すといった二面性を有しているからです。
また、捕鯨の際に命を落とす漁師が多かったことも、その理由の一つでしょう。

 なお、これまでの諸例から類推すれば、二面性を持つのは天つ神以外の神に限定されるといえるかもしれません。
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2011年06月24日(Fri)
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