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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その4)

>>未分類
唐様が格上
 日本では、かつて水墨画が絵画の中で「真の画」と呼ばれ、最も格が高いものとされてきました。そして、これは〔行〕とした「やまと絵」に対しての言葉です。

また、特に絵絹(絵画を描くための平織の絹)に描かれた水墨画が〔真〕とされたことから、紙に描かれた絵画は格が低いものとされました。
これは青ニギテ、白ニギテの関係に相似します。

 水墨画が日本に伝来するのは13世紀の中頃とされますが、当初これを好んで取り入れたのが寺家です。こうしたことから水墨画は唐様と見なすことができます。

 さて、このように唐様を真とする、すなわち格式が上とするのは上代からのことです。たとえば平安時代には漢字(真名)から生み出された仮名は、女性が使うものとして公式な場での使用が憚られたものでした。

ちなみに、男手(オトコデ)とは漢字を、女手(オンナデ)とは仮名をさす、今日でも用いる書道用語です。

 ところで、アマテラス神話から知れるように、かつて日本には女神信仰がありました。

カミは先述のように女性神を表します。カミは上(カミ)に通じることから、すなわち女性を上(ウエ)として尊ぶ歴史がありました。

 しかし、本来が聖俗や上下に関わらない陰陽論を輸入したにもかかわらず、日本では神道でいう赤不浄(血穢)や白不浄(産穢)を伴う女性をケガレた存在とみなしたことからか、いつしか女性が男性より下位のものとされてきました。

 仏教でもそうです。平安時代の末期に法華経信仰が盛んになるのは、法華経が唯一「女人成仏」を説くからですが、それも「変成男子(ヘンジョウナンシ)」の説によって、つまり女性は一度男性に生まれ変わってから成仏するという過程を踏むことによって可能としているからです。

 こうした男尊女卑思想の延長により、仮名(和様)は漢字(唐様)より格下であるという意識が続きます。
同じように和歌(和様)も漢詩(唐様)より格下とみなしてきました。

つまり、尚陽の思想と照らし合わせていうと、唐様を陽、和様を陰としてきたのでしょう。

 仏教と神道の関係も、こうした一連の比較の中で捉えることが可能です。
平安時代から本地垂迹説(ホンチスイジャクセツ)が現れます。これは、大まかにいえば神の正体は仏である、いいかえれば「仏は神の上なんだよ」とする説のことです。

 これは仏教と神道に使われる{教」と「道」という言葉の関係も同様です。すなわち、中国で「教」は「道」の上位概念を意味するからです。

 ところで、「絵画」の「絵」は大和絵を、一方「画」は水墨画をさすといわれます。
これは江戸時代に大和絵作家を絵師(エシ)、唐画作家を画師(エシ)と書き分けていたことからもわかります。
 「絵」を「ヱ」と読むのはそもそも呉音での発音ですが、ヱは従来、和語としても用います。
この「絵」は本来が彩色という義であり、蒔絵(マキエ)や錦絵(ニシキエ)など多く日本独自の装飾絵画に対して用いる語です。
そして、大和絵は主題に花鳥を好み、多分に装飾的で優しく穏やかな表現が特徴です。

 一方、「画」はもともと彩色に限らず描く義ですが、日本では主に精神性を重んじ峻烈な表現を旨とする唐様画に対して使う語として通用しています。

 また、「日本画」は西洋画の対語として用いられる、これまで日本で発達した独自の様式を有する絵画の総称的な用語です。

 しかし、狭義的に近来の麻紙(マシ)などへ厚塗りされた日本画をさすことがあります。
この狭義の日本画と呼ぶものも、「画」の字が示すように、西洋的な表現に影響を受けて生まれた明治以降の歴史的には浅い絵画表現です。
そして、その一番の特徴は西洋画に見られるように背景までしっかりと着彩、あるいは描画されるところです。

 ちなみに、「絵画」と同じような例に「詩歌」があります。詩歌は「詩」=漢詩(本文、ホンモン)、「歌」=和歌と対応します。
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2011年06月17日(Fri)
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