スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--年--月--日(--)

『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅲ.和漢の章(その2)

>>未分類
Ⅲ-① 唐様と和様の違い

 以下では〔草〕について語るのは主旨から外れますので、〔真〕すなわち武家文化を含めた漢文化を唐様、〔行〕を和様と呼ぶことにし、それらの違いについて触れてみましょう。

漢語と和語
 唐様-和様という二重構造は日本語の中にも見られます。

たとえば漢字の読み方に音読みと訓読みがあるのがそうです。中国渡りの漢字とその文化を採り入れるのに、日本では訓読みという画期的な方法を発明しました。
この訓読みと送り仮名によって日本人は自国固有の言葉を温存しつつも、漢字を自家薬籠中のものにします。

 なお、こうした性向は現代においても引き継がれ、漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、算用数字の5種類を混在させる現代日本語が、世界で最も文字の種類・数が多い言語となっています。

 漢字の音読みにも一般に呉音読みと漢音読みと呼ばれるものがあります。漢字の音は、まず仏教経典を通して六朝式(リクチョウシキ)が伝わり、その後遣唐使によって長安式が伝わりました。
日本では六朝式を呉音、長安式を漢音として区別しています。

 音読みは平安時代、朝廷によって長安式への統一の試みがなされたのですが、僧侶からの反発が厳しいこともあり、むなしく両者が棲み分けた格好となります。

 そこで仏典に関しては呉音読みが保存されたことから、現在でも仏教関係の語は、たとえば「荘厳」を「しょうごん」と読むなど呉音で発音するのが普通です。
また、僧号(僧侶の名)や仏教用語が一般化した語も同じです。

 なお、皆さんもご存知のように、漢字を音読みで発音すると何か固いイメージが生じます。
逆に、たとえば「階段」を「きざはし」というように訓読みで発音すれば何やら優しいイメージを抱きます。

 ところで、中国渡りの字音で読まれる語を漢語(カンゴ)、古代から使ってきたであろう日本土着の言語を和語(やまとことば)といいます。

 明治になるまで公用文には漢文あるいは和式漢文が使われていました。つまり、漢語は政治を執り仕切る男性が使う言葉でした。

たとえば平安時代に大和朝廷へ出仕した役人は男性に限られており、平安初期の唐文化の取込みが至上命令であったその頃、そこでの朝議(朝廷での評議)はおそらく漢語に満ち満ちたものであったでしょう。

 逆に、当時の家庭を守っていた女性は、「女に学問は不要」とされてきたことから漢語はさほど学ばず、子どもを育てるのに和語だけを使っていたものと想像します。
時代はずれますが、母系制が色濃い平安朝中期に成立した『源氏物語』は100万字に及ぶ大作にもかかわらず、ほとんどすべて和語で書かれています。

 こうした、外では漢語、内では和語を用いるといった傾向は男女平等が謳われる今日を除き、日本ではずっと続いてきた伝統でした。

つまり、日本でのマザータングは、そのまま母親が話す言葉を意味したといえます。
これは日本人なら労せずに音読み・訓読みの識別ができることからもわかります。

 したがって、和語や訓読みには何やら母性的で、しかも情趣性の溢れる印象がつきまといます。
こうしたことは、たとえば昭和の古い歌謡曲で名曲とされるものはすべて和語で詩作されており、これが情緒豊かで心の奥底へ深く訴えかけるものであることからも知れます。

 ただ、これは見方を変えると、唐様=合理、和様=情緒と捉えることができます。そして、唐様・和様の関係を父・母とも、公・私ともたとえることができるでしょう。

また、「真」には式正の意があり、〔真〕=唐様であるので、唐様=正式、和様=略式と考えることもできます。

 先述の書作品などに用いる落款も白文が陰、朱文が陽としましたが、今日の日本でこれらに本名と号(雅号)を表す場合は、白文に本名(=プライベート)、朱文に号(=パブリック)とするのも、これに合致する仕方です。
スポンサーサイト
2011年06月15日(Wed)
SEO TOTAL SEARCH
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。