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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅱ.紅白の章(その20)

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Ⅱ-⑦ 五色と宗教

 以上の5色、つまり青・赤・黄の三原色と白・黒の無彩色を五行説では五色(ゴシキ)と呼びます。

 しかし、儒教社会では先述のように五色の中でもそれぞれの純色を正色(ショウジキ、セイショク)としてきました。
そして、正色以外の色を少し嫌悪の意を込めてか、邪色あるいは不正色とも呼んできました。
というのも、邪色は主に仏教で用いられる色であるからです。

 つまり、儒教と仏教は歴史的にさほど相容れず、つねに弱い相反関係にあったからです。
寺院で用いる五色幕が緑、黄、赤、白、紫であるのは、これが由縁かもしれません。

 ここで、これらの宗教を整理し、非常に乱暴ではあるのですが、簡単に一言でまとめてみます。

 まず、儒教は中国漢民族の学問・思想の体系であって宗教ではないとする人もありますが、霊魂は不滅であるという考え方を持ち、先祖祭祀を行い重んじる点はまさしく宗教といえるでしょう。

 道教は神仙思想と結びついた、不老長寿を主な目的とする現世利益的な、やはり中国漢民族の伝統宗教です。

 仏教は、少し語弊があるかもしれませんが、そもそも一言でいえば悟り、すなわち真理(法)に目覚めることを最終目的とする宗教です。

 さて、儒家思想が中国の漢代に国家の教学として認定された以降、ほぼ一貫して儒教国家であった中国では、インド渡りの仏教ばかりか同じ漢民族の民族信仰であった道教とも折り合いが悪かったといいます。

 北宋代の仁宗が1034年に「雑花の相連接する」織文様、すなわち唐草文様を禁じたように、儒家では一般に唐草文様を嫌います。

 イスラム教が偶像崇拝を禁じていることから、イスラム寺院の装飾にはアラベスクが用いられました。このアラベスクは唐草文様を高度に発展させた文様です。

 儒家の唐草嫌いは、このイスラム教に対する布教抑制の一手段がその目的だったのかもしれませんが、このため唐草文様は儒教とやや対立する超世俗的な仏教や、道教の荘厳文様(装飾文様)として発達しました。こうした経緯から、たとえば仏教美術では唐草文様を多用します。

 唐草文様は連綿と続くことから仏教では法灯の連続を示すとされ、同時に子孫繁栄を意味する吉祥文様と付会されます。
しかし、ややこしいことに、この子孫繁栄を重視するのが儒教であり、それは子孫が途絶えると先祖を祀る者がいなくなるというのが理由です。

 このように仏教は中国を経由して日本に伝わったことから、日本の仏教文化は中国で生まれた宗教である儒教や道教の影響も少なからず受けています。たとえば、ここまでに紹介した仏教説話はすべて道教の影響を受けて成立したものです。

 ただ、わが国では学問や道徳規範としてはともかく、儒教を生のままの宗教しては受け容れませんでした。
そして、道教も日本では、たとえば陰陽道が取り込んだことはありましたが、独立した宗教として定着はしなかったようです。

 さて、そこで神道はというと、仏教が伝来するまで宗教としての体裁は整っていなかったといいます。神社建築も仏教寺院がつぎつぎと建立された以降のことです。

 それが日本での仏教の容認と同時に、これに抗するため陰陽五行といった外来思想、なかでも主に同じ多神教である道教の考え方などを取り込んで、理論化、体系化が進められたといいます。

 ですから、たとえば神道における決まり事には陰陽五行思想の強い影響があり、そして神道は道教で特徴的に見られる現世利益的な側面をもつようにもなりました。

 しかし、先に記したように、神道の教義は一言でいえばケガレをハラうところにあります。
そして、ケガレが人の行いの濁って清からぬ意を持つようになり、ミソギハライといった救済システムが備えられた以降、日本の民俗信仰に過ぎなかった神道が一つの宗教に昇華します。

 ただ、神道は国家をまたぐ普遍宗教にはなりえないものです。というのも、神道が日本の環境風土に即して生まれ発展したものであり、日本でのみ生息が可能であると考えるからです。

 さて、つぎに五色以外の重要な色、紫について考えてみたいと思います。
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2011年06月12日(Sun)
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