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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅱ.紅白の章(その15)

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Ⅱ-⑤ 青

 青という字は本来「」と書きます。これも五行説から生まれた漢字で、木は火を生ずると考えられたところからです。
 つまり、木は火の配当色である「丹」を生ずるものであることから、「」は「生」と「丹」を合字することによって生まれた漢字であると説明されます。

 なお、「青」が草木生成の色とされたことから、五行の木に青色が配当されたといいます。

藍の色
 正色として五色の青に相当する色は、縹(ハナダ)とされます。

これは古くから知られた藍染における色名の一つで、平安時代には「はな」と略したり、「花田」といった字を当てたといいます。
 なお、表具の世界では、なぜか緑色をさしてハナ色と呼び習わしています。

 さて、藍染に古くは日本で自生する山藍(ヤマアイ)が使用されたといわれますが、中国から質のよい蓼藍(タデアイ)が6世紀頃に伝わり、以降はもっぱらこれが藍染に用いられたそうです。そして、この蓼藍から生まれる色が今日でいう青色を示します。

 ちなみに、青の旧仮名遣いは「アヲ」であり、「アヰ(藍)」は「アヲ」が転訛したという説があります。

 あるいは、江戸時代の語学書『言元梯』によると、藍は「天居」の義としています。この天居は雲居をさすと考えられ、雲居は空の高いところ、つまり天上を意味することから、その青空の色を藍と呼んだということです。

 ただ、藍色はかつて藍で染めた後、黄蘗(キハダ)と呼ぶ黄色の染料を施したそうです。こうして現れる色は青緑色です。
 一説に古代の藍と黄蘗で染め合わせたこの藍色は、山藍から得られる色調を現すものといわれます。

こうした山藍の染め色によるものか、かつて日本では青と緑の呼び名の区別が曖昧であり、今でも信号機の緑をアヲと呼んでいるように緑もアヲと呼ぶことが多くありました。

 ただ、これは漢字圏の国家で暮らす人間に共通する性向ともされ、それはおそらく青が五行で草木生成の色と定義されたことからでしょう。
青黴(アオカビ)・青田・青葉・青虫などに相当する英単語がすべてgreenで形容されることからもこれが知れます。

 したがって、五行説でいう五色の青は緑系の色までを含んだ幅広い色をさします。そして、これは古代の日本においても同じことがいえます。

ニギテ
 神への供物、あるいは神へ供える麻布をニギテといいます。そして、特に麻布を青ニギテ、素紙を白(シラ)ニギテと区別して呼ぶことがあります。

 この青ニギテの青は正色の青でも、五色の青でもありません。一説に、この青は青空の青ともいわれます。

 そして、たとえば掛軸には天神系、および天皇に関わる作品で用いる、神官仕立と呼ぶスタイルがあります。この様式で仕立てる場合、作品の廻りには浅葱色(アサギイロ)、すなわち藍で極めて薄く染めた青を用います。

 なお、天つ神の天神に対して国つ神を地祇(ジギ)と呼ぶことがあります。
これらは一般に併称され天神地祇、あるいは神祇(ジンギ)と略されますが、表具では先述のように天神と地祇に対する表具スタイルを伝統的に違えています。

浅葱色
 藍染は、一般に染める物を原料藍が入る藍瓶(アイガメ)の中へ、浸け染めることによって行います。
そして、その浸ける回数によって色に濃い薄いができ、それぞれ異なった呼称が与えられています。

 こうした藍染の色は、現在では大まかに薄いほうから浅葱-縹-藍-紺と呼ぶのが一般的です。
さらに、これらは段階的に細分化され、たとえば浅葱は薄いほうから藍白あるいは白殺し、その次が瓶覗(カメノゾキ)といったように、藍染による色には十数通りで個別の呼び名が与えられています。
その名称の多さは古代以降、藍が主要で重要な染料であったことを示しています。

藍は今日、身近なところではジーンズで多用される染料です。そして、そもそもジーンズに藍を用いたのは生地の強化を目的とします。
また、藍染料は虫除けにも効果があり、加えて毒グモや蛇除けのためという説もあります。

 日本でも、藍染の着物には防虫剤が必要ないといわれるように、藍は極めて防虫効果が高い染料とされます。
また、藍畑には蛇が近寄らないということから、ジーンズへ蛇除けに使用したというのも、あながち根拠のない話ではありません。

 しかも藍は古来、生地に強化作用を与える染料としても知られてきました。
昔から野良着やモンペなど、また塩水や潮風にも強いことから漁師の衣服にと、丈夫さが要求されるさまざまな作業着に使用されてきています。

 さらには火にも強いことから、江戸時代には藍染の衣服を火消し装束として、また明治以降はボイラーを炊く機関士のユニフォームとしても使用してきました。

 藍染料の色素「インディゴ」は不溶性物質であり、そのままでは染めることができないので、細菌で発酵させることによって染めやすくします。
この発酵を担う菌には生地を堅牢にする働きもあります。
しかも、これは染色後も長く繊維の中で活動し続けるため、藍で染められたものは年を経るごとに色鮮やかになってゆきます。

 ですから、奈良時代から江戸時代の装束も藍染によるものは、多く滅損することなく現在まで残っています。

 ところで、先述の日本オリジナルで最古の染料植物、山藍はタデ科の植物でないので、藍の色素「インディゴ」を含みません。

 したがって、山藍で染色するには発酵過程を経ず、その葉の汁を生のまま擦りつけて行います。山藍摺(ヤマアイズリ)は、この原始的な摺染(スリゾメ)の名称で、青摺(アオズリ)ともいいます。そして、こうして得る青(緑)は、さほど深い色を呈しません。また、褪色も起こります。

 古代には摺染の衣服を摺衣(スリゴロモ)といい、神事用の衣裳に用いました。平安時代の鳥羽天皇の頃には、庶民の摺衣着用を禁じたという記録もあります。

 しかし、なぜ多くの特長を持つ蓼藍よりも、製品として劣る山藍によるものを重んじたのでしょう。
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2011年06月07日(Tue)
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