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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅱ.紅白の章(その14)

>>未分類
当色の黒
 かつて、わが国では律令制を導入したことに伴い、袍(ホウ=公家装束における上衣)などへ用いる、公家の位階に応じた位色、すなわち当色(トウジキ)が定められました。
そして、定められた自身の位の色以外は禁色とされます。

 この当色が、平安時代の初期では天皇の交代にしたがって変化しました。特に、一条天皇時代に、これの大幅な修正が行われます。
それは一位から四位までを鈍い艶のある黒とするものであり、この新位色は江戸時代の末頃まで続けられます。

 これは、養老2年(718年)に定められた『衣服令』で一位=深紫、二・三位=浅紫、四位=深緋とされていたのが、これらをより深い色に染めようとする風潮が広まり、一位から四位の袍が一見黒のような色になったからといわれます。

 玄鳥(ツバクロ)が艶やかな黒羽根を持つ燕の異称であるように、また艶のある黒と白との組合せを鯨幕と呼んだように、位色のクロには深みを感じさせる艶があります。
それは繻子織の絹に染色がなされたからです。
つまり、絹の光沢が染められた色に加わったものです。袍に使用された場合は、これを黒袍(クロノホウ)といいます。

 ちなみに、西洋においても艶のある重厚な黒色はクラシックでフォーマル、あるいは威厳を示す色として認識されています。

 ところで、『源氏物語』の「若紫」には服喪に纏う衣の色が「鈍色(ニビイロ)」と記されます。
平安時代の鈍色は無彩色系の鈍い鼠色でしたが、後世には薄く藍をかけた青みの鼠色をさすようになります。

この系統の色で、天皇の喪服(ミソ)の色を特に錫紵(シャクジョ)といいます。
錫は青みの鼠色、紵は麻の意味であることから、錫紵は青みの薄墨色に染めた麻布ということになります。

 鈍色と同じように服喪の衣に使われた色が橡(ツルバミ)色です。橡は、櫟(クヌギ)の古名で、そのドングリを使って染色するものです。
そして、橡色は鉄媒染で黒みの鼠色としたものです。

この色が黒袍の色とされましたが、喪に用いる橡色は真っ黒ではありませんでした。また、服喪の衣服に用いられるのは麻布であり、発色は光沢を伴いません。

 『源氏物語』の「賢木」には「藤衣(フジゴロモ)の御衣(オンゾ)をお召しに」なった源氏が、父君、桐壷の帝の喪に服する姿が記されています。
 『日本国語大辞典』によると藤衣とは「もと、(藤や葛など、つる性の植物の皮の繊維で織った布)の衣服を喪服として用いたからであろうが、後、麻で作ったものをもいう。中古の例は、大部分が喪服をさしたものである」とあります。

 今日、ご婦人が法事や通夜で藤色の和服に黒い帯を締めることがありますが、この姿はこうした故事を踏襲したものでしょう。

 ただ、かつての藤衣は決して藤色ではなく、また黒でもなく、日本の葬送後の喪服には無彩色系の薄色を用いることが普通でした。
これは白装束が日にちを経ることによって、くすんだ色になったということを表したかったからかもしれません。
いずれにせよ現在では、葬儀の際もその後の服喪の衣服にも黒を用いることが通例となっています。

 こうしたわけで、今日の葬儀で用いる黒白幕も、鯨幕のような艶のある黒と白とのストライプではなく、墨染色のくすんだ黒と白、あるいはグレーと白の組合せを用いることが普通です。

 ところで、弔事の際に不祝儀袋などへ毛筆で表書きする際は、薄墨を使用しなければならないというのがマナーとされます。
 これは悲しみを表すため、涙で墨が薄れるという意から薄墨を使用する、あるいは葬儀は急な事で、墨をする時間がなかったので薄墨になったという意を示すものとされます。

 しかし、油煙墨(菜種油などから作る最も一般的な墨)を良質の硯で濃くすると、墨色は艶をたたえた美しい黒色を呈します。
ですから、艶のある黒が式正用である、「逆さごと」ルールが働いた、あるいは喪色がそもそも薄墨色であるといったことを理由に、弔事で薄墨を用いるのでしょう。

 このように日本では、艶のある黒とそうでない黒を厳密に区分してきました。

黒い地獄
 第1章で地獄の色は黒であると記しました。ですから、黒色にも不吉な臭いをかぎ取ってきたことがあったかもしれません。

 地獄は本来が地獄道といい、仏教の説く六道(リクドウ)の最下層とされる世界をいいます。
六道とは広辞苑によると、「衆生が善悪の業によっておもむき住む六つの迷界」であり、これには下層からいうと、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道があります。

 地獄の色が黒とされるのは、仏教説話によると餓鬼(道)へ赤、畜生(道)には黄、修羅(道)へは青が配されることから、この三色を混ぜると地獄の黒になる、という理由です。
赤鬼や黄鬼、また青鬼はこれに由来するという説もあります。

 ただ、この黒が艶をもって表現されたかどうかは定かではありませんが、いずれ観念的なものであり、強いていえば漆黒の闇が連想されるような色を想定していたでしょう。

 ところで、同所に地獄からの救済を担うのが地蔵菩薩であるとも記しました。
それは地蔵菩薩が、そもそも六道に輪廻(リンネ)して苦しむ衆生を一人残らず教化救済することを本願とする菩薩であるからです。

 そして、浄土信仰が普及する平安時代以降、極楽浄土に往生できない者は地獄へ堕ちる、といった考えが広まり、この地蔵菩薩へ特に地獄からの救済を求めたからです。

 さて、白、赤、黒について見てきましたが、次節では五色を構成する青色と黄色についても考えてみましょう。
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2011年06月06日(Mon)
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