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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅱ.紅白の章(その13)

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Ⅱ-④ 黒(玄)

 五行説でいう黒も厳密にいえば真っ黒ではありません。このクロには元来「玄」という字が当てられます。そして、玄は黒くして赤色を帯びる幽遠な色とされます。

 ちなみに、「白」はそもそも「素」とも書く、と先に記しました。玄人を黒人、素人を白人と書かないのは、こうした五行説によるものでしょう。

 玄の色は古来、天の色とされてきました。そこで、玄は上帝を意味することがあります。この上帝とは、中国では天上にあって万物を主宰する者とされ、天帝、あるいは地上の主宰者である天子にもなぞらえられます。

 以上のように、玄色はそもそもが格式の高い色とされてきました。これが慶事に鯨幕を使用してきた根拠です。

 ところで、日本では式正とされる白地に黒文字が、中国では赤地に黒文字とされます。
つまり、中国では白を弔事にだけ、日本では慶事にも使用することから、鯨幕も日本でのみ用いる慶事の象徴といえます。
また、白を聖俗にかかわらない区切りとして用いてきたこともわかります。


 鯨幕の名称は鯨の皮と、その脂身からの連想によって生まれたものとされます。
すなわち、皮が艶やかな黒、脂身が白といったことから、このコンビネーションを日本人は「鯨」と言い習わしてきました。
あるいは、クジラの語源説の一つがそうであるように、「黒(くろ)」と「白(しろ)」をつなげて呼び、それが訛って「くじら」と呼ぶようになったのかもしれません。

 ところで、日本の沿岸部ではその巨躯による畏怖からか、鯨を祀る地域が多くあります。しかも漁村ではかつて、鯨がヱビスであると信じられてきました。

 先述のようにヱビスへ異民族をさす語を当ててきたように、ヱビスは海の向こうからの漂着神であり、異界からさまざまなものを恵んでくれる豊漁の神であるとされてきました。
ですから、ちなみに漁村では流木などの漂着物のみならず、海中から拾った石や水死体までをもヱビスと呼んできました。

 なお、恵比須の「須」はヒゲの意と先述しましたが、須には「待つ」という意味もあります。
特に「須つ(マツ)」は互いが互いを求め合って「まつ」ときに用いる言葉です。つまり、一方的に漂着物を待つのではなく、漂着物自体も流れ寄ることを心待ちにしているということです。
そして、なぜか鯨は生きたまま海岸に乗り上げることがあります。

 さて、鯨は沖から魚の群れを追い込んで漁業を助けてくれる、すなわち魚を恵んでくれるだけでなく、それ自体を食料、その他でも利用してきたことから、かつて「一鯨七浦を潤す」といわれてきたように、鯨を極めて有り難い存在として崇めてきました。

 捕鯨技術が低かった頃は、浜に寄り付いた鯨を狩っていたといい、こうした寄鯨や流鯨もまた海の神の贈り物とされました。
しかも、鯨自体がそれを望んでいると信じてこられたことから、次第に鯨をヱビス神として信仰するようになったのでしょう。

 縄文時代から食されてきた鯨は、食用の他に骨やヒゲなどが手工芸品の材料として、また糞が竜涎香として香料に用いられるなど、ありとあらゆる部位が利用されました。
そして、鯨はその巨躯にもかかわらず棄てるところがないとまでいわれた水産資源です。

 しかし、棄てるところがないというのも事実そうだったのでしょうが、(神様ゆえに)棄ててはバチがあたる、というのも理由の一つではあったでしょう。

 また、鯨肉は古くから尊ばれた食材です。たとえば『古事記』には神武天皇に鯨肉を奉った件があります。
室町中期に成立した『四条流包丁書』にも、鯨は鯉よりも格の高いものとして一番に出すべきだと書かれています。
さらに朝廷と良好な関係を保っていた豊臣秀吉が、宮中へ参内した折の饗応の膳に鯨料理が供されたのは、鯨が当時の上流社会で貴い品として認知され喜ばれていたものであることを意味します。

 このように、鯨は古来、特別視されてきた存在です。

 ですから、鯨幕は単にコンビネーションの類似からのみ称されたのではなく、その神聖さ、格式高さをも背景に命名されたものでしょう。

 ちなみに、古くから「鯛は大位なり、鯉は小位なり」と語呂合せされたように、鯛が海魚の王、鯉が川魚の王とされてきました。
すなわち、鯛が海魚であることから陽、川魚の鯉を陰として、尚陽の思想から鯛を鯉よりも格上としてきました。

 しかし、鯛が海魚の王とされるようになったのは意外にも江戸時代のことで、これは流通機構の発達を由縁とします。つまり、魚は専ら海のものが食されるようになったからです。
 ただ、海から遠い京都では、依然として鯉が宮中で格の高い魚として食され、このとき鯉は「高位」などとも呼ばれていました。

 いずれにせよ、商業捕鯨の発達によって鯨肉の供給が一般化するまで、鯨が最も格の高い食材として尊ばれていたのは間違いありません。
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2011年06月05日(Sun)
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