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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅱ.紅白の章(その6)

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 施朱には暗く濃い赤を発色する弁柄(ベンガラ=酸化第二鉄)も使われたようですが、主に用いられたのがアカるい赤色の硫化水銀という物質です。
この硫化水銀は不老不死のシンボルとされてきました。それは硫化水銀を摂取すれば、死後に死体が腐りにくいということが古代より知られたからです。

 中国の方士(ホウシ)は硫化水銀から、服用すると仙人になれるという霊薬、「仙丹」をつくりだしました。この方士とは道教思想がベースとなった方術を操る者をいいます。

 こうした方士の勧めにより唐代中国の皇帝には身体によくないと知りつつ、不老不死を願って仙丹を飲用し、中毒死した者が幾人もいたといいます。
また、不老不死を切望した秦の始皇帝も硫化水銀によって死期を早めたという説があります。

 すなわち、かつては真実と考えられていたこうした俗信が日本へ伝わり、いつしか腐敗対策、つまり施朱という習俗に繋がったのかもしれません。

 ところで、以前は硫化水銀が辰砂からつくられました。中国ではこの辰砂の産出量が少なく、極めて貴重なものとされました。

 絵画や書作品に押印するのは作者の保証を意味するものですが、これに朱を用いるのはかつて朱が高価であったからです。
今日の日本でも重要な書類に捺印する習慣が残っているのは、これに由縁するのでしょう。

 辰砂は朱砂とも丹砂とも呼ばれますが、日本ではこれを古来「丹(ニ)」と呼んできました。
『魏志倭人伝』にも「其山丹有」とわざわざ記されたように、日本が火山国であるからか、日本では丹の産出量が多く、こうした丹がとれるところを「丹生(ニュウ、ニウ)」と呼んできました。
また、同書には卑弥呼が魏に献上したとも記載があります。

 そして、全国各地、特に中央構造線上に丹生のついた地名や神社があるのも、日本が丹の国であったことを裏付けています。

 「日本」の「日」という字は本来、「ニチ(呉音)」、あるいは「ジツ(漢音)」と発音します。
つまり、「日」には「に」という読み方は存在しないのですが、もしかすると日本を「にほん」あるいは「にっぽん」と読むのは、「丹本」が謂れなのかもしれません。
すると、「日本」は「ひのもと(お日様の許)」と和訓されるように、「丹本」は「にのもと(丹の生ずるところ)」と考えることができるというものです。

 なお、日の丸の「日」が太陽を表しているのは日本人の常識ですが、Wikipediaによると、太陽が赤で表現される例は世界的にも歴史的にも珍しいそうで、日本以外では太陽を黄色か金色で着彩することが普通です。

アカの役割
 以上のことから施朱は死者を護るというより、逆に腐敗を防止し死者のまがまがしい魄(ハク)を封じ込める意味があるのではと考えます。
 つまり、日本人は魄を大いに畏れてきたといえます。

 これは、かつて土葬用の棺桶として用いられた桶棺が、白布で十文字にくくられて埋められたことからもわかります。
さらに火葬場への往路と帰路には同じ道を通らないというタブーも、ご遺体に取り憑いた死霊が付いてこないようにするためといわれます。

 また、通夜などでご遺体の上に小刀を置く「守り刀」や、仏式の葬儀で経文などを書いた衣、経帷子(キョウカタビラ)を死者に着せるといった習俗とも繋がるように思います。
すなわち、この小刀や経帷子は死者のためではなく、逆に死者の忌まわしい魄より生ある自分達の身を護るためのものであると考えるからです。

 そして、複葬(白骨化してからの埋葬の仕直し)といった習俗も、腐乱してゆく死体への恐れに起因する習俗なのかもしれません。

 したがって、施朱の意味から推し、畏怖性の封入こそが赤の役割であると考えます。
つまり、魔除けとされたのは外敵に対する備えではなく、内なるものの都合の良くない変化を抑えることに赤の意義があると考えられてきたのでしょう。

 また、全ての神社について調べたわけではありませんが、朱塗りの鳥居をもつ、あるいは朱塗りの建造物を有する神社の祭神が御霊神(ゴリョウジン)であることも、これを裏付けるものかもしれません。
御霊とは、後に詳述しますが、怨霊を言い換えた言葉です。

彼岸花と口紅のアカ
 彼岸花という花があります。その名は秋の彼岸ごろから開花することに由来し、ここでの彼岸とは春分・秋分の日をそれぞれ中日とする7日間に行われる法会をさします。
彼岸という寺院への参詣や墓参などの仏事を謂われとするからか、この花は仏語で天界の花を意味する曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれます。

 真っ赤な花を咲かせる彼岸花は墓地に多く見られます。これにより、彼岸花は不吉な花とも忌まれてきたことからの異名が多く、死人花(シビトバナ)、地獄花、幽霊花などとも称されます。
 なお、これらの命名からわかるように、死は仏教と深く結びついており、それは神道が死をケガレとしたことにより葬儀は古くから仏教が執り仕切ってきたからといわれます。

 ただ、彼岸花は、その球根にアルカロイドを多量に含む有毒な植物です。ですから、彼岸花が墓地で多く見られるのは、墓地に好んで咲くというのではなく、人為的に植えられたからです。
つまり、彼岸花のアルカロイドをもって、鼠など小動物や虫などの墓荒らしを防ぐ目的があったからです。この習慣も施朱に一脈通じるものがあるでしょう。

 なお、彼岸花の球根は澱粉に富み、その毒は長時間の水晒しで抜くことが可能であるので、救飢植物として食用されたこともありました。
このように赤い花をつける彼岸花は忌まれていたにもかかわらず、かつては有用な植物でもあったのです。

 ところで、口紅は化粧目的以外に魔除けの呪具ともされてきたものですが、それではなぜ男性は口紅をしないのでしょう。
平安時代には男性も口紅をしたことがあったようですが、これも一部の公家や高家を除き、鎌倉以降には廃れた習俗となったそうです。

 口紅は女性が初潮を見たことを示す一人前の証としたのかもしれません。つまり、口紅は「子も産める成熟した女ですよ」といったシグナルであったのかもしれません。
そして、これが赤を女性の性色としてきたことの理由の一つでもあるのでしょう。

 しかし、赤不浄は経血を意味することがあると先述しました。
ですから、口紅をさすことも、こと日本においては、やはり赤不浄を伴う成人女性をかつてケガレたものと見なし、それを封じようとしたところによるのかもしれません。

 それは、たとえば日本でショーツが一般化するまで用いられた、腰巻(コシマキ)という成人女性の下着の色に、赤が多く用いられたことにも通じるのかもしれません。
また、巫女装束が白衣に朱袴(緋袴)とするのも、ケガレを表出させないという同じ理由でしょう。
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2011年05月29日(Sun)
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