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『表具文化から探る日本のしきたりと和の心』-第Ⅰ.左右の章(その9)

>>未分類
北枕
 ご遺体の頭を北方向に向けて安置する北枕といった習俗は、どうした理由から生まれたものでしょう。

 北枕はそもそも「北枕西面」といい、お釈迦さんが入滅されるとき、北方向へ頭を置き顔を西へ向けて横になられたという理由で生まれた習俗といわれます。
 これによって、日本では特に死を忌むことから、北の方角へ頭を向けて寝る北枕は、縁起が悪いこととされてきました。

 ところで、日本の在来仏教は、新興宗教を除き大きく分けて13宗あります。
このうち融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗の4宗が浄土系とされます。

 この浄土系諸宗、および浄土教を奉じる宗派では、阿弥陀如来を信仰することによって彼岸に至ることができるというのが教義の中心です。
 そして、彼岸に至れば仏の住む清浄な国土、つまり浄土で住まうことが可能とされます。

 この浄土は十方に存在すると数多の仏教経典で説かれますが、なかでも阿弥陀さんがおわします浄土が西方極楽浄土であり、この世界へは死後に行き着くと説教されます。

 「彼岸に至る」ということは、仏教の大目的である悟りを得て六道輪廻(リクドウリンネ)から脱することをいいます。

 仏教に多くの宗派が存在するのを説明するのに、よく引き合いに出されるのが登山です。彼岸を山の頂上にたとえ、どのルートを通っても、ようは頂上を極めればよいのだということです。

 つまり、頂上が浄土に至ること、すなわち悟りであり、多く存在する登攀ルートが宗派・宗門であるというわけです。

 そこで、阿弥陀如来を信仰しさえすればよいといった、頂上に至る道が明確に示されているのが浄土の教えです。

 浄土教では人が臨終を迎えるとき、阿弥陀如来が来迎すると説きます。来迎とは「お迎えに来る」ことで、ちなみに「お迎え」が死出の旅を意味するようになるのは、これが由来です。

 さて、浄土系諸宗での慣習に、人が臨終を迎えるとき、阿弥陀如来が描かれた三曲半双屏風(3面で構成される1本の屏風)を立てることがあります。
 これには五色の幡(ハタ)、あるいは糸が、中央に描かれる阿弥陀如来像が結ぶ指の間から垂らされています。

img04.jpg

[三曲 来迎図屏風]

 この、丈1メートルに充たない屏風は、死に臨む者が横臥し、その五色の幡(または糸)を掴みながら、あるいは指に掛けながら極楽往生を願うという臨終行儀用の調度です。

 そして、阿弥陀如来は西方極楽浄土より来迎することから、この屏風は東向けに寝床から1.5メートルほど離して立てます。
 このとき阿弥陀如来像を見つめながら、あるいは人は心臓への負担を避け左肩を上にして西を向くことが多いので、頭は北方へ向いていることになります。

 これが、そもそもお釈迦さんの涅槃(入滅)の様子からおこったとされる「北枕西面」という臨終行儀を広く定着させる一因となったのでしょう。

 ただ、浄土真宗では迷信を忌む宗風から、北枕はおろか葬儀における「逆さごと」は一切行わないとしています。

 「北枕」には陰陽論に起因する理由があったかもしれません。陰陽論では頭を陽とするので、頭を北(陰)へ向けるのは、陰陽論に反しています。

 しかし、葬儀にまつわる場面では通常と逆のことを行うという、先述の「逆さごと」ルールがあります。北枕は、これが作動した結果として広まった習俗とも考えることができます。

 話は変わりますが、家相をいたずらに気にする風が多いのも陰陽師などの喧伝によるもので、たとえば先述の鬼門などは最たるものです。

 ただ、日本各地に見られる、「同一屋敷内で、母屋の東に分家や隠居屋を建てるのを忌む」といった西への多くの関心は、この西方極楽浄土思想の投影とされますが、これは東からの日照を問題にしている場合もあります。

 家相は快適な生活を営むためになされたものも多くあることから、すべてがすべて迷信として退けるのではなく、このあたりの見極めが大切です。
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2011年05月23日(Mon)
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